平成25年11月24日(日)、埼玉県摂食嚥下研究会 第8回症例検討会が開催され、医師・歯科医師をはじめ看護師、歯科衛生士、言語聴覚士、管理栄養士や介護施設職員等106名が参加した。
はじめに、前回講演会の参加者から寄せられた質問のうち、2つの事例について症例検討が行われ、その後コメンテーター及び参加者によるディスカッションが行われた。
続いて後半は、講師に社会福祉法人名栗園 高齢者福祉施設やしお苑 河口真里管理栄養士を迎え、「食べること」を支える、施設での取り組み~やしお苑の食事ケアと排泄ケアについて~と題し講演をいただいた。
会場外のホワイエでは、関連業者4社による口腔ケアグッズや嚥下食などの展示も行われ、今回も大盛況のうちに閉会となった。
症例検討
症例検討会の前半は、前回の講演会参加者から寄せられた質問のうち、2つの事例について本研究会の大渡専務理事が座長を務め症例検討が行われた。
まず事例1として、「地域密着型特養ひだまりの庭むさしの」新井幸子看護師からの食事形態に関する質問(79歳 男性 現在の状況:認知症があり、昼夜逆転気味になり、食事の時のみ覚醒している状況。食事中のむせが以前より多くなってきている。現在の悩みごと:食事形態を考える際に、常食→きざみ→ミキサーというように形態を落とすかどうか。飲み込み、むせの有無等以外にどのような点を観察したらよいのか迷う時がある。指標を知りたい。)
事例2として、「鶴ヶ島地域包括支援センターペンギン」山﨑惠子看護師からの開口に関する質問(困っている、悩んでいること:認知症等の方で、開口してくれなかったり、口の中に食べ物が入ってもなかなか咀嚼運動が始まらないために食事に時間がかかってしまう。一対一で一人だけに時間をかけるのが難しく、結局途中でやめざるを得なくなる。時間をかけても本人が疲れて、最後にムセ込み、誤嚥してしまうこともある。開口を促す刺激のポイントや咀嚼運動や嚥下運動を誘発するコツなどがあったら教えてほしい。また介助時の1回量に問題ありか。誤嚥後の吸引を考え、ペースト食にしているのが問題なのか。咀嚼から嚥下運動に進めるポイントはあるのか。)
事例1に対し、医師の立場から本研究会の大前由紀雄理事、言語聴覚士の立場から本研究会の清水充子理事によるレクチャーが行なわれた。
◎大前由紀雄理事は、どのように嚥下調整食を選択するかについて、摂食状況のレベルは同じでも、嚥下障害の病態は同じでない。症例によって障害の向いている3つのベクトル方向(咀嚼力すなわち噛み砕き食塊としてまとめる能力。嚥下反射の惹起性すなわちタイミングよく呑み込めるかどうか。咽頭クリアランスすなわち残留なく食道に送りこめるかどうか)を睨んだ食形態を選択しないとうまく行かない。3つのベクトル方向を考えながら嚥下調整食を考えていただきたいと述べた。(図1参照)
日本摂食・嚥下リハ学会学会分類(2013)の「嚥下調整食の選択(ピラミッド)」が参考になるので是非日本摂食・嚥下リハ学会HP(http://www.jsdr.or.jp/)を参照されたい。
◎清水充子理事は、特に認知症に対する安全な摂食のために大切なこととして、覚醒、意識がしっかりしていること。食事をすることが意識でき、食べるときは目が覚めていること。呼吸器関係の状況がよいこと。姿勢の安定がよいこと(良い条件を設定する)。献立の形態が、機能に合っていること。一口の量や食べるペースがコントロールできること。誤嚥しかけても、咳でしっかり出せること。を挙げ、食前の準備 として、心身の状態を整えること。
すなわち、口腔内の衛生覚醒の確認、向上、食事を始める意識付け、安全姿勢をとること(うがい・口腔清拭・食前体操・注意事項の確認・セッティングの確認)で、基本的に大切なことは『姿勢の工夫(ベストポジションを見つける)』と説明した。また認知症への具体的な対応として、食物の認知障害、注意が集中できない、咽頭への送り込みの運動が開始できない、どのように飲み込んでよいかわからない、うつ傾向で食べたくない、拒食、脱抑制、自発性の低下、等に対し、「嚥下障害ポケットマニュアル第3版 医歯薬出版2011を引用して説明した。
続いて事例2に対し、歯科医師の立場から本研究会の中里義博理事、歯科衛生士の立場から埼玉県歯科衛生士会の大久保喜惠子専務理事によるレクチャーが行われた。
◎中里義博理事は、「開口困難症例への対応」として、脱感作の仕方(手順)、Kポイント刺激法(図2参照)について詳しく説明し、更に加湿と保湿の重要性に触れ、種々の開口器についても紹介した。患者は術者がいかに意識がないと感じていても、どんな時も行為自体について理解しているはず。真心を持って尽くしていけば、必ずや表情に表れてくる。手のぬくもりや足先の温度、開いていれば眼の動きやまばたきすらも読み取れるはず。人が人であることを忘れないこと、と結んだ。
◎大久保喜惠子歯科衛生士は、認知機能低下による口を開かないことへの対応策として、
▽「食事を認識できない」については、捕食の促しや手指(手づかみ)、食べ物、臭覚、味覚からの感覚入力や手にスプーンを持たせて口へ運ばせ、これまでの経験を思い出させる。
▽「原始反射の出現」については、噛むタイミングでの捕食介助や食具の工夫である。
▽口はよく動いているのに、いつまでも口の中に残っていることへの対策としての、「咽頭への移送不全」については、流動性のある移送が容易な食品の提供や、一口量の考慮や嚥下運動を確認してから次の介助を行うことや、嚥下反射惹起のための訓練(アイスマッサージ、歯肉マッサージ)である。
▽溜め込みへの対策としての、「食べ物が認識できない」については、甘いものや辛いものなど、明確な味を持った食品への変更や、嚥下の促しや、手指食べや、臭覚、味覚からの感覚入力と説明した。嚥下訓練法について、喉のアイスマッサージ、息こらえ嚥下、頭部挙上訓練、裏声発声訓練法、メンデルソン手技方法(喉頭〈甲状軟骨〉に手を当てゴクンと空嚥下を行い、最も挙上した位置で息を止めて保持)、嚥下体操を説明した。
また、口腔ケアに利用している保湿剤を紹介した。最後に、歯科衛生士が摂食に関わるキーパーソンになることを目指していると結んだ。
最後に、コメンテーター(医師の立場から大前本会理事、歯科医師の立場から中里本会理事、言語聴覚士の立場から清水本会理事、看護師の立場から中島悦子本会理事、および埼玉県立循環器呼吸器病センター笠原希美摂食・嚥下障害看護認定看護師、歯科衛生士の立場から県衛生士会大久保専務理事、後半の講演会講師の社会福祉法人名栗園高齢者福祉施設やしお苑 河口真里管理栄養士)による、ディスカッションが行われた。
◎笠原希美看護師より、「認知症の方々には、これというきっかけがあればそこから進められるということを実感している。いろいろ試みてみることが肝要である。」
◎中島悦子本会理事より、「認知症の方々への訪問看護において、チーム内での摂食状況、嚥下状況の情報伝達を密に行い、情報の共有を図るべきである。またコミュニケーションの重要性を痛感している。」
◎河口真里管理栄養士より、「栄養士として、調整食をいつも同じ形態、状況で提供する事に力を注いでいる。この後の私の講演内容を自分の施設と比べて、参考になる点は施設の栄養士に伝えて試みていただきたい。」
◎大前本会理事より、「連携している各職種間で、それに関われる時間的な余裕に制約がある。そのために大事なことは家族を取りこむことで、状況、情報を家族に伝え輪を広げていきたい。」
◎ 会場から、「在宅に関わっているが、多職種連携として歯科衛生士と直接話す機会が少ない」との意見が寄せられた。
講演 |
「食べること」を支える、施設での取り組み
~やしお苑の食事ケアと排泄ケアについて~ |
講師 |
社会福祉法人名栗園高齢者福祉施設やしお苑
管理栄養士 河口真里先生 |
後半の講演会は、講師を社会福祉法人名栗園高齢者福祉施設やしお苑の河口真里管理栄養士にお願いした。演題は「食べること」を支える、施設での取り組み~やしお苑の食事ケアと排泄ケアについて~である。
やしお苑は入所者数80名で介護度は平均4・01、平均年齢が82・6歳、男女比は1:3で圧倒的に女性が多く、食事形態は経管栄養3名を除き74名が経口摂取である。食事のケアは他職種で分担し介護、医務、栄養の分野で協力している。栄養チームの関わりは摂食嚥下障害・咀嚼困難な方々への咀嚼・嚥下調整食の提供、よりよい食形態の工夫を利用者や介助者から聞き取って改善、自助食器の使用や栄養補助食品で不足分を補ったりしている。
毎月の行事で出されるお弁当は常食だけでなく摂食嚥下障害のある方にも楽しんでいただけるよう工夫している。入所者の食べ方の観察をしながら、おいしく安全に食べられる料理作りを行っている。単に食事を提供するだけでなく、体重や全身状態を観察し、低栄養状態に陥らないように栄養マネジメントに取り組んでいる。かむ力、飲み込む力の低下した方には、食べやすく(咀嚼嚥下)消化しやすい形態にしたやわらか食を提供している。やわらか食とは料理(食材)をミキサーにかけゲル化剤で固めたもので、舌と上あごでつぶせる固さで、のみこみ易いなめらかさを持った食事である。
そのいくつかの調理例をスライドで提示したが、食べるということの基本が、摂食嚥下の5期にあると考えて実際に現場職員へのアンケートなどを基にやわらか食を完成した。その概念は、舌でつぶせ、まとまりがあって、見た目に良く、飲み込みやすいという条件が備わっていること。そして誰がどのような形態で食べるかは介護職が中心に決めている。主食はごはん・粥・粥ゼリー・ミキサー、おかずは常食・一口大・きざみ食・やわらか食から選んでもらう。介護食への取り組みとして開園時のとろみ調整剤やゼラチン・寒天などの使用から何度かの改善を経て平成21年からはやわらか食に取り組み始めた。
機会あるごとに出来上がった料理を職員に試食してもらい、原料が同じ料理を食形態を変えることで咀嚼しやすく飲み込みやすい物に変えて行った。またどうしても不足がちな栄養に関しては市販の補助食品の活用が検討された。一方で食事介助の際に使いやすい食器の改善や食器の色や形、配置までも検討し十分な成果を上げることができた。
【食べることと出すこと】
排泄の関連性を検討しそれまで薬剤による排便コントロールによって便秘と下痢を繰り返してきたことを反省し、施設内に「排泄ケアを考える会」を立ち上げて取り組むことになった。職員間の共通の認識を高めるために、ブリストル排便スケールという表を採用して、これにより入所者の排泄状況を把握することができた。
その結果、下剤を中止し食物繊維を水分とともに取り入れることにより3年間で薬剤の種類によっては0かまたは多くのケースで使用頻度が激減した。そしてそれまで多かった水様便や泥状便が10%になり、多くが普通の便になった。
ここでの栄養チームの関わりは水分摂取時に摂取してもらう食物繊維を選定、一人一人の水分目安量の計算、おいしく安全で食べやすい食事の提供、摂食嚥下評価に適した食事を提供することである。また、嚥下機能の低下した方にゼラチンゼリーや寒天ゼリーを提供し、水分を摂取していただいている。おいしい食事とは高齢者の低下している味覚に対応するように旨みを加えたりスパイスを用いた食事。色どりが良く、食感が良く、見た目が美味しそうに盛り付けられた食事、ということになる。一方で食べやすい食事とは「かむ・飲み込むことが容易な方」では歯ざわりも美味しさのうちで、「かむ力が低下した方」では細くするのではなくやわらかくする。「飲み込みが低下した方」では食べ物にまとまりがあり、滑りやすいことが条件になる。最後まで利用者に口から召し上がっていただくために、引き続き適切な食支援を行っていきたいと願っている。
今後は地域の施設・病院間でも食の共通言語を持ちたいと考えている。 |